塩川実の個人ブログ
自分の考えをまとめるためのつれずれ日記
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2014年6月21日土曜日
第3章 NPO所属時代 2008年2009年2010年
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NPO所属時代。2008年2009年2010年は、自分にとって、思い出したくない苦しい時代だった。 今まで、考えたくない気持ちでいっぱいだった。 結論としては、1期生、2期生、3期生と100人近くに日本語を教え、40人くらい日本に研修生として送り出した。自分が送り出した研修...
2014年6月20日金曜日
第3章 NPO所属時代 2007年
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片山さんからは、いろんなことを教わった。 産直運動の話や、 「農家の目線になれ。」 「交渉力が大切だ。」 「消費者と生産者との交流から安心は醸成される。」 「正義を貫こうと思えば、したたかにならんとイカン!」 「正しいことを言うことが正しいとは限らない。」 など。 ...
第3章 NPO所属時代
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日本語の教室を借り、生徒も集め、日本語教室も始まった。 花の事業も、竹のビニルハウスを建て、試験栽培も始まった。 待つだけの日々から、毎日忙しい日々となった。 文化の壁、ことばの壁もあり、一喜一憂の日々を過ごす。 農家さんと仲良くなったり、公安の人達とお酒を呑んだり、政...
第3章 NPO所属時代 2006年
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ダクラック省政府の許可がいつまで経っても下りない。 中央政府の許可が下りたんやから、省政府もすぐやと思っていたけれど、 小栗さん曰く 「王権も村の中までは入ってこないということばがベトナムにはある。」という。 その頃、某大手花の会社が、ベトナムで花の事業をしたいとのこと...
第3章 NPO所属時代 2005年12月 2006年1月6日
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そうこうしているうちに、ダクラック省の科学技術協会の副会長 TRIさんから、もうすぐ、許可が下りるとの連絡を受けた。自分がベトナムに来てから、6ヶ月経っていた。 自分もいよいよ、バンメトート市に引っ越すことになった。 TRUNGさんが、従業員といっしょに、マイクロバ...
第3章 2005年 NPO所属 小栗さん
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小栗さんは、シータスという印刷会社を経営するおじいさんだ。 元々、学生運動の過激派のブントというセクトに所属していたとのこと。 ベトナムには、当時、ベトナム戦争反対運動に青春を燃やしていた闘士が、 我が青春のベトナムよとばかりにやってくる。 片山さんとも付き合いが長...
第3章 NPO所属 2005年
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ベトナム語は、発音が命。 あいうえおの母音が11個ある上に、日本語にはない子音もあるし、 その上、声調記号が6個ある。 TRUNGさんの指導は、「発音をとにかくマスターしろ!言葉の意味を覚えるなど後回しだ。 発音さえマスターしておけば、ご飯を食べるときも、酒を呑むときも、...
第3章 NPO 2005年
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NPOに所属していた期間は、最初は、1年だけのつもりが、結局、2005年3月から2010年6月までの5年間続いた。そのとき思い出は有りすぎて、うまく書く自信がないので、印象に残っているエピソードを少しづつ書いていこうと思う。 許可もなければ、教室も、生徒もいない。まずは、ベト...
3章 NPO 2005年 3月12日
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忘れもしない。2005年3月12日。記念すべき日。 ホーチミン市に到着した。空気が熱い。また、ベトナムに戻ってきた。 有機農業をベトナムに広めるメンバーの農家さんや流通業者さんや、通訳の方々や、大学の先生や学生とともに、自分が日本語を教える予定のダクラック省バンメトート市へ...
3章 NPO 2004年
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愛媛県で有機のみかんを生産している会社、無茶々園の片山さんから届いたものだった。 実は、ベトナムに旅する前に、 現代社会と農業という中川聰七郎先生の講義に片山さんがゲストで来られ、講義が終わった後、中川先生から呑みにいくか?と誘われ、英語の補講があっただけれど、「はい!行き...
3章 NPO 2004年
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ベトナム、台湾から戻り、ようやく日本に戻ってきた。やっぱり日本は安心感がある。 バックパッカーではないけれど、その後、2004年9月に、青年洋上大学という県の企画に参加し、船で中国の天津、北京、蘇州、上海にも行って来た。 300人くらいの団体ツアーで行ったのだが、天津では、中...
2章 バックパッカー THANKS ボブ 2004年
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あたりは、すっかり真っ暗になっていた。 ボブのうちに入り、夕食を食べた。ビーフシチューとパンが出てきた。コーラを出されたので、 「私はコーラを飲まない。」と答えると、 「どうしてだ?」 「少年野球の高向コーチが、コーラを飲むの骨が溶けると言っていたから。」 (そういった...
2章 バックパッカー ボブんち 2004年
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台湾に到着。空港でボブと並んで歩く。 「How old are you?」と聞かれ、 「20 years old」となんとか、片言で応える。 これは、こっちも聞き返した方がいいのかな。と考え 「How old are you?」と聞き返すと、 「HAHAHA older...
2章 バックパッカー 帰国? 2004年
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なんとか、ホーチミン市の空港までこれた。良かった。これで、生きて帰れる。 しかし、友達にお土産を買うお金も残っていないなー。台湾では、トランジットだけやし、空港で寝れば大丈夫やろう。 空港のゲート前の待合所で、そんなことを考えながら本を読んでいたら、黒人のおっちゃんに声をか...
2章 バックパッカー 物乞い 2004年
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泣きながら大学生の女の子が村山さんと何か言い争っている。 スタディーツアーに参加したメンバーだった。聞き耳を立てていると、 「物乞いも立派な職業だ。」という村山さんの意見にショックを受けたらしい。 参加者の女の子は、政府がちゃんと支援すべきだというような意見。 自分は、...
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2章 バックパッカー キムキム 2004年
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数日して、キムキムとほうれん荘で会う。 「え、しおさん。なんでこんなところにいるんですか?」 「キムキム。よう着たなあ。」と、ベトナムど素人なのに、さも、ベテランのような感じで後輩に会う。 「キムキム。呑みに行こう!」っと近くの呑み屋に行く。 バドガールのようなセクシー...
2章 バックパッカー 村山さん 2004年
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フォトジャーナリスト村山さんは、ベトナム戦争後もずーっとベトナムを追いかけていて、エイズ患者やべとちゃん、どくちゃん、障害者、廃棄物収集所の中で暮らす人々、ストリートチルドレンなど、ベトナムの社会問題に焦点を充てて、取材を続けている。 話をしていると、大学生のスタディーツアー...
2章 バックパッカー ダナン ホーチミン市 2004年8月
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ダナンに到着。できるだけ安いホテルにチェックインして、次にホーチミン市に出発する汽車の時間まであまり動かないようにする。このときは、バインミーというフランスパンのサンドイッチばかり食べていた。安い上に、ハムと野菜とパンなので、栄養バランスもいいだろうとの考えで。 ちなみに、当...
2章 バックパッカー 2004年8月 汽車の中
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4人掛けでボックス席だった。窓際の席に座った。どうも、貨物輸送の会社の社員旅行の中に紛れ込んだらしい。自分の右前のおっちゃんが船長らしく、台湾、韓国、日本にカーゴ(輸送コンテナ)を運ぶ仕事をしている。自分の目の前、つまり船長の隣に座っているのが、船長の息子で中学生くらい。右隣には...
2章 バックパッカー 2004年8月
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ホテルでの労働は楽しかった。ベトナム人の従業員の子達と仲良くなった。 屋上には、洗濯干し場と筋トレマシーンがあって、そこで、仕事の合間に話していた。 ある日、夜に20を少し越えたくらいのホテルで働く青年が、 「10ドルくれ。」と言う。 「なんで?」 「私は、お金がない...
2章 バックパッカー 2004年8月
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3日目、少し慣れてきたと思い、少しづつホテルから10m以上離れ、 ガイドブック片手に、警戒しつつも観光地を歩いていった。 そして、フレンドリーに近づいて着たバイクタクシーのおっちゃんと出会う。 ・・・ その日は、ホテルの部屋で一人泣いた。 次の日、少し冷静さを取り戻...
2章 バックパッカー 2004年8月
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ハノイに1週間、ダナンに3日間、ホーチミン市に1週間の旅を計画。 ちゃっかり、台湾経由でベトナムに行くことにした。 台湾では、蛍という安いホテルに泊まった。そこでは、日本語を話せる台湾人の名物おばあさんが居た。 靴は黒いのにしなさい。白いのは、汚れたら目立つ。 大学生な...
1章 途上国に行った理由 西村先生の指導 2004年2月
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「西村先生、大阪から船に乗って、中国に行き、南下してベトナムに入って、カンボジア、タイ、スリランカ、インドに行って、日本に戻ってくる計画です。」 途上国の研究をされている西村教子先生の教授部屋を訪ね、相談に行きました。 西村先生は、たぶん、さて、この馬鹿者にどのように説明し...
1章 途上国に行った理由 及川先生の合同ゼミ~2003年
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「しおじい。成人式なんか、行ってたら大物になれないぞ。」 及川先生のそのひとことで、成人式をさぼって、京都大学生と、鳥取環境大学生との合同ゼミに参加することになった。 「水戦争の世紀」という本に書かれた世界観は、財政難の中、公の水道施設も民営化し、また、企業は水源を確保...
2014年6月19日木曜日
今までの総集編をエッセー風にまとめる。
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今までの記録をエッセー風に少しづつまとめていこうと思います。 いったん、まとめておいて、冊子にでもしておけば、0から説明するよりも、いいと思うので。 1章 途上国に行った理由 2003年 ・及川先生の合同ゼミ 水戦争の世紀 ・西村先生の指導 2章 バックパッカーでのこと ...
2012年5月22日火曜日
そうめん流しの会×やさいの会
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[ イベントです ] 流しそうめんの季節がやってきました! 6月10日のやさいの会は流しそうめん×バンメトート野菜のてん ぷら[一部お楽しみ変わり揚げ]です!ぜひ ご参加ください。 第7回 や さ い を 食 べ る 会 2012年6月10日(日) (1部)10:30~13:3...
2012年4月26日木曜日
共同農場
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教会の福祉施設(貧しい子を預かり、小学校から高校を卒業するまで世話している。小中高の100人程度の子供達が共同生活している。)と共同農場を開きました。去年から、いっしょに農場が開けたらいいですよね。と言う話は有ったのですが、やっといい機会ができました。 興味津々の教...
2012年3月13日火曜日
無理はダメですね。
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やっぱり、無理はダメですね。 とある方から、時間をかけてやることも大切。体を大切にしなさい!体を大切にしなさい!と励まされ、電話を閉じた後、しゃんと、元気になっている自分がいました。 病は気から、気も病からで、病気になると弱気になってダメですね。 今、だいぶ、元気になりま...
2012年3月1日木曜日
やさいをお届けする形
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やさいをお届けする形 収穫してから1日で、お客様のところまで届けるまでの流れ ========================⇒ 1)バンメトートで収穫・梱包します。 収穫します。 選別・水洗いします。 軽量します。 2)バンメトートのバスに載せます。(夜行バス) 梱包します。 ...
ルール・原則
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NICO NICO YASAIルール 野菜を育てる原則 1) 無農薬 2) 無化学肥料 3) おいしい 野菜を届ける原則 1) 時間と約束を守る。 2)野菜とお金がきちんと交換される。 3)記録を残して、勘違いがないようにする。 ...
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NICO NICO YASAI 有限会社 NICONICOYASAI は、無農薬、無化学肥料、おいしい野菜の3つを原則に安心して食べることのできる野菜つくりに勤めています。また、宅配サービスも自力で行い、生産から流通、販売まで一貫して行い、情報をOPENにしていきます...
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